子だくさんワーママ海外子育て~モンスーンに吹かれて~1

コラム・ニュース

第1話

はじめまして。currenです。モンスーン(季節風)吹くベトナムはホーチミンで子ども3人、夫と暮らすワーキングマザーです。
夫と私は日本生まれ、日本育ち。そんな私たちが東南アジアで子どもたちを育て上げようと決意をしてからかれこれ8年。
当時8歳だったムスコ1ももうすぐ17歳になります。
住み慣れた日本を離れてベトナムで暮らそう!となった日から山あり谷あり、笑いも涙もたくさん経験し、今もオンゴーイングです。
そんな私たちの経験がこれから海外暮らしを始める、もしくは検討中ファミリーのお役に立てればと思い、このコラム連載を始めました。
くすっとしながら最後までお楽しみくださいね。

パパ、ベトナムに行こうと思う。

2011年3月11日。東日本大震災を東京で被災した当時、まだ末のムスメは1歳と数か月になったばかりでした。この時がターニングポイントとなり、夫の中で家族の海外移住構造が現実味を帯び、それから数カ月後、見出しのセリフ。
当時、フルタイムで働いていた私は自分のこれからのキャリアについて目指すところがあり、「この人また何言ってるんだろう」と無視を決め込もうとしていました。
もともと口下手な夫と思い込みの強い私。しばらくは話し合いも平行線をたどり、「行きたいなら自分ひとりでどうぞ」と伝えると「子どもたちを世界で生きていけるよう、機会を与えてあげたい。そして子どもたちには母親が必要だ」と。
それからあれよあれよという間に、私は退職願いを出し、10年以上働いた会社に見送られ子ども3人と心配でついてきてくれた父とハノイ行きの飛行機に乗り込んだのでした。

温室育ちの何が悪いのか。

子どもたちを海外生活に連れて行こう、と夫が決意したことについては当時原発設備からの放射能漏れが子どもたちに与える深刻な影響も大きな要因だったようですが、何より彼が危惧をしたのが「このまま日本で、東京で何不自由なく暮らした温室育ちはこれからものすごい勢いで成長していく国で育った人たちに勝てない」ということ。
仕事で月の半分は出張、時には東南アジアのプロジェクトにも足を運んでいた夫は当時のベトナムの底知れない熱気とパワーにそんな危機感を感じたようです。
その頃の私といえば、旅行といっても沖縄リゾートが精一杯、海外なんて幼児連れて行くパワーはどこにもありません!ましてや日常にアジアの国々の経済発展について思いをはせる余力も残っていませんでした。 職場は人材エージェントだったこともあり、アジアで働きたいという登録者や紹介にまつわる2国間あっせんの法規制などについてはある程度知っていましたが現地がどんな様子なのか、まったくと言っていいほどの知らなさ加減で。
正直、たとえ温室育ちでも、立派な花が開けばそれでいいんじゃないとベトナムに来てからも思っていました。
こんな後ろ向きな気持ちでスタートした、ベトナム生活でした。


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